令和6年12月上旬
朝になると、不安が胸を締めつけました。
「今日、動けるのか?」
そんな問いから一日が始まる生活を私は初めて経験しました。
布団に手をつき、ゆっくりと身体を起こしました。
右腰に「ズクン」と重く沈むような痛みが走り、呼吸が止まりました。
わずかな動作でも太ももに電気が走り、立ち上がるには椅子や壁を支えにしなければなりませんでした。
やっと立てても腰はひどく曲がり、前を見ることすらできません。(大袈裟でなく)
玄関へ向かう途中で何度も膝が折れました。
歩いているのか、崩れ落ちているのか、自分でもわからないほどでした。
一本の杖を握りしめることで、ようやく前へ進むことができました。
通常のぎっくり腰であれば、当院の治療なら一週間もあれば回復します。
しかし今回は、まったく良くなる気配がありませんでした。
痛みの質も、動き方も、神経の反応も整体施術の領域を超え、もし来院された患者さんなら大きな病院に紹介状を持たせ、精密検査を依頼するレベルの症状でした。
自分の身体であるにもかかわらず「これは普通の症状ではない」と感じていました。
激しい症状が一週間以上続いたため、私は整形外科を受診しました。
レントゲン検査の結果、医師から告げられました。
「腰椎の変形がありますね。椎間板由来の神経症状が出ています」
検査結果は僅かな希望を更に縮めました。
そして医師は「詳しく調べる必要があります。MRIを予約してください」
と静かに続けました。
その場で痛み止めの注射も受けました。
しかし、まったく効きませんでした。
私はゆっくり深呼吸をしました。
「これは長い戦いになる」
そんな予感が体と心を黒く包んでいきました。
翌日、開院の準備をしながら頭の中ではずっと計算していました。
「どこまで移動できるのか」
「どの角度で腰が崩れるのか」
「今日の患者さんにはどのような内容で施術を行うのか」
治療家として当たり前だった動きが、一つひとつ試練になっていました。
最初の患者さんが来院する音が聞こえました。
私は深く息を吸って、杖を壁に立て掛けました。
痛みを押し殺し、気持ちを引き締め、笑顔を作りました。
「おはようございます」
声だけは、いつもと変わらないようにしました。
歩く姿を見せないように、患者様に背中を見せないように…
施術室の移動はベッドに手を置いて身体を支えながら、少しずつ進みました。
施術中の姿勢を保つだけでも腰の奥が悲鳴を上げました。
しかし指先の感覚だけは鋭く、患者さんの筋肉の張りが細かく伝わってきました。
「大丈夫ですよ、無理なさらずに」
痛みを抱えたまま、そんな言葉を患者さんに向けながら、どこかで自分に言い聞かせているようにも感じました。
施術が終わり患者さんを見送った後、私はベッドに横になりました。
腰の奥が熱を帯び、脚は自分のものとは思えないほど痺れていました。
「このまま治らなかったらどうなるんだろう」
その不安は、痛みよりも重くのしかかりました。
治療家が動けなくなれば、患者さんを助ける場所を失います。
接骨院の看板を守ることが、私にとって使命であり責任でした。
だから私は、どれほど痛くても治療家としての仕事を止めませんでした。
杖をついてでも、這うようにしてでも、院に通い続けました。
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※本記録は個人の体験であり、治療効果を保証するものではありません